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大学案内

学長・副学長から皆さんへ 平成29年度入学式式辞

 鶴見大学そして鶴見大学短期大学部の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。皆さんの日頃の努力が実って、この鶴見大学に入学されましたことは、皆さんの誇りでもありましょう。頑張られた皆さんに、そしてこれまで皆さんを支えてこられた御家族の皆様にも、心からお祝い申し上げます。
 本日ここに入学式を挙行するにあたり、総持学園・学園主 大本山總持寺貫首 江川辰三紫雲台猊下のご光臨を賜り、またかくも多士済々のご来賓をお迎えできましたこと、理事長 乙川暎元老師はじめ、教職員一同、恐悦至極に存じます。そして、桜花爛漫の中、緊張しつつも希望に溢れる新入生の皆さんの笑顔を心より歓迎いたします。
 鶴見大学は、曹洞宗大本山總持寺によって創立された大学であり、その建学の精神の目指すところは、仏教、殊に禅の教えに基づいて、天地創造に由り生命を授けられた全てのものに、深い慈愛と感謝のこころを以って接し、報恩を実践躬行できる人格形成にあります。
 この精神を、本学の創設に深くかかわられました中根環堂先生が、「大覚円成 報恩行持」の二句八字をもって示されました。これは、「感謝を忘れず 真人(ひと)となる」「感謝のこころ 育んで いのち輝く 人となる」ことを意味しています。

 人類は、みずからの「智」によって優れた技術を生み出し、物質的繁栄をもたらしました。勿論本学においても、何事も鵜呑みにせず疑問を抱き、自ら問題を見いだし、自らの力で解決する能力、創造力を身に付けた、そうして社会に貢献する人材の養成を目指しております。しかし、一方では世界の趨勢に違わず、日本でも長い歴史の中で培ってきた我が伝統的精神文化、他者に対する深遠な思いやりの心や、広く社会のために尽くそうとする高邁な精神を見失いがちのように思えてなりません。さらに、自然崩壊が進み、地球そのものの存続すら縣念されます。今こそ私たちは、原点に立ち戻り、これを深く反省し、人として生を享けたことに感謝し、他人(ひと)や自然、万物との「慈愛に満ちた共生」に努めなければならないのではないでしょうか。将にその根基は「大覚円成 報恩行持」にあります。
 本学で学ぶ皆さんが、優れた智慧と豊かな心を具えた人として、明るい未来の創造に貢献できる存在へと成長してくれることを、心から願っております。「知識や技術は教えることが出来ても、心を教えることは出来ない」と云われますが、鶴見大学では「心の修養」その為の支援、環境づくりにも、誠心誠意努めるつもりでおります。
 さて、これからの大学生活はどう過ごしたらよいでしょうか。
 論語に「学んで時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。有朋(とも)、遠きより方(なら)び来る、亦楽しからずや。人知らずして慍(いか)らず、亦君子ならずや」 とあります。書物や師匠について学び、その学んだことをその時々時勢に即して習う、則ち反復練習、実践していくと、自分で出来ることを知り、自ずとわが身に体得されていきます。そんな中で、時には疑問を抱き、そこに新たな真実を見出すこともあります。それは何と嬉しいことか。将に「学んで時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」ですね。学問とはそういうものです。そうやって修養・研鑽を積んでゆくと、共感者、同志が遠いところからでも慕い尋ねて来てくれます。そこで議論し、その真実をあらためて確信し、時には全く新たらしい真実に気付くかもしれません。これは、感動するほど楽しいことです。これが「有朋(とも)、遠きより方(なら)び来る、亦楽しからずや」ですね。
 また、「徳は孤ならず、必ず鄰有り」という至言があります。
 人としての徳を磨き、徳を備えれば、一見孤立しているように見えても、必ず理解者、感銘を受けた人があなたの周りに集まって来ます。それは、必ず皆さんの生き甲斐に繋がる大きな励み、支えとなり、これこそ皆さんの生涯にわたる貴重な財産となります。大学時代に多くの良き友人、敬愛する先輩、尊敬する恩師に出逢い、そして先知、先哲の箴言に触れ、沢山のことを学び、自分自身の切磋琢磨に努めて下さい。ところで、この初めの二句を体得するには、「心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず」という言葉を、心して置きたいものです。人や、古典、自然とのどんなにか感動する出逢いに恵まれても、心を寄せ、心を込めて見なければ見えるものも見えない、いい話を聞いても耳に残らない、それでは自分の中に眠っている感性を引きだすことも、況してや育むこともできません。こうした出逢いの縁というものは、こちらから求めなければ、単なる社交に終わってしまい、気がついたときには、自分の前を通り去ってしまいます。それでは、如何にも勿体ないですよね。この貴重な出逢いを自らの成長の糧とし、大切にしたいものです。
 さて最後の三句「人知らずして慍らず」。これからの皆さんの大学生活、社会生活において、大変示唆に富む至言です。
 たとえ、世の中の人が自分の修得したものを認めてくれなくても、自分を評価してくれなくても、これを怨(うら)まず、咎(とが)めず、平然として世に処することが、人たる人としての在り様だと言っております。
 実は、「慍る」という漢字は、温かいという漢字のさんずいの替わりに、心を著わす立心偏を当てます。「温かい」という漢字の旁(つくり)は、ぐつぐつ煮える料理がその熱気を逃がさないように、伏せた皿の中に盛り付けた様子を表します。それに立心偏を添えたことで、熱い心を心中じっと堪えている様子を意味しています。従って、此処で言う「慍る」とは、同じ「いかる」という訓読みでも、貌を真っ赤にしたり、外に向かって腹をたてたり、目を剥いておこるのとは意味が違います。
 したがって、目先の名声、損得に囚われることなく、自分自身が信じる道を泰然自若、凛として臆することなく前に突き進む姿が「人知らずして慍らず」であり、これこそ一流の人たる人のあるべき姿ではないでしょうか。
 将に「大覚円成 報恩行持」です。どうぞ、後顧の憂い無き大学生活を送って下さい。
 最後に、坂村真民の詩集から一節を紹介して私の式辞と致します。

「クヨクヨするな フラフラするな
 グラグラするな
 ボヤボヤするな ペコペコするな」

平成29年4月5日  大山 喬史